白樺湖

白樺湖

 2011年8月、白樺湖畔のペンションでのことでした。唐突に、理想の男性用育児バッグ(ファザーズバッグ)とはこうあるべきだというヴィジョンが降って来たのです。私はすぐにフェイスブックに長文のノートをアップしました。小児科医やアウトドアガイドの友人達がどんどんコメントを付けてくれました。アイデアはどんどん膨らみ、これはイケるかもしれないな・・・というところまで辿り着きました。

 

 ですが、この時点ではまだ、私自身がこのアイデアを実現させることになるとは全く考えていませんでした。

 


奥野さんとの出会い

 2013年2月、既に前の年に「俺はもう大学のセンセーとしてやるべきことはやり尽くした。来年から別の仕事する!」と宣言していた私に、楽天物流の恵谷社長ラクスルの役員の守屋さんを紹介してくれました。守屋さんは起業の鉄人のような方で、私がお会いした時点で40回弱の起業経験がありまし た。

 

 酒の勢いなど関係無く(私は素面でも言う時は言います。もちろんこの時は結構飲んでましたが)、自分はこういうこと がやりたいんだと語った私に、守屋さんはT-Boardの奥野徹也さんを紹介してくれました。

 

「これはと思ったものしかやらない方ですが、加藤さんの企画書なら大丈夫だと思います。」

 

早速、奥野さんにメンズ育児バッグの基本コンセプトを送った ところ、一度お会いしましょうという連絡をいただいたのが3月だったかと思います。

 

 神山町のT-Boardの3階での最初の打ち合わせから帰ると、携帯電話に沢山の着信がありました。2014年卒、つまりその時点での3年ゼミの学生からの「内定もらいました!」との報告でした。私にはそれが、メンズ育児バッグ事業へのゴーサインのように思えました。

 

 


補助金を蹴飛ばす

 4月に入ると、ゼミでお世話になった多摩信用金庫さんから、中小企業庁の創業補助金の話を教えてもらいました。何でもスタートアップの資金の3分の2を助成してくれるとかの、大変ありがたい補助金だそうで、それならいっちょアプライしてみるかと思ったのです。

 

 ところがね。これがとんでもない代物でした。

 

  東京地区の事務局は電通が受注して、汐留の電通に申請書類を送ったわけですが、〆切りの前の日の14時にメールが届きました。書類の1箇所、マルを付け忘 れてるとこがあるから、今日中に汐留まで訂正書類を持ってくるかバイク便で送れと。ついでに書類ファイルのデータも差し替えなんで記憶媒体に入れて持って来いと。随分居丈高な文面に感銘を受けた私は、すぐさま事務局に電話しました。書類はマルを付けた新しいファイルをpdfで送信するのでそれをプリントアウトして差し替えてくれないか。

 

 ですが、事務局のおっさんの返事はNOでした。こっちは善意で連絡してやったんだ、言うことを聞かないなら不採用にするぞと凄い剣幕で怒鳴り散らします。さすがは国家公務員です。今時こんな低能なおっさんは鉦や太鼓で探したって公務員と大学教員にしか居ないというくらいの上玉です。

 

 もちろん私は大笑いしながら「検討しとくね!」と言って電話を切りました。誰がお前みたいなクズと仕事するか。補助金なんか要らんわ。そもそもそれ税金だろお前のカネじゃねーだろおっさん。

 

 


設計開始

試作1

 そんなわけで中小企業庁に中指を突き付けた私は、逆に腹をくくって開発に取り組むことが出来ました。資金は全部、自前です。コケれば全て自分の損失です。いやが上にも盛り上がります。ま、結果的に言えば大正解でしたけども。向こう都合で開発のスケジュールが決まったり、書類にハンコが一箇所無いなどの下らない理由でいちいち汐留に呼び出されたりしていては、「世界最高」が「最低限クリアすべきレベル」のクリエイションは出来ません。

 

 さて、話を戻します。まずは育児に必要なものを床の上に並べて、カバンの形に積み上げてみました。着替え、タオル、おむつ、お尻拭き、母子手帳、お薬手帳、ガラケーとスマホ、ミラーレス一眼カメラ、おやつのバナナ、ビニール袋。これで大まかなボリューム感を掴みます。

 次に、段ボールを切り貼りして主気室のサイズを想定したペーパープロトタイプを作りました。自分の経験から、主気室内の仕切りはヨコではなくタテが便利だと思っていたので、まずは左から「カメラ入れ」「おやつと着替えとタオル入れ」「汚れ物入れ」。

 

 「汚れ物入れ」について補足説明しておきましょう。育児をしていると、タオルや服やよだれかけは簡単に汚れて交換となるのですが、未使用のものと使用済みのものを分けて収納出来れば、いちいちバッグの中を見て未使用のものを探さなくとも、未使用のものが入っている区画に手を突っ込めばそこには必ず未使用のものが入っているということになります。これは絶対に便利なはずです。

 

 

タテヨコタカサを決める

ペーパープロトタイプ

 続いて段ボールの外側に画用紙を貼って絵の具を塗り、両サイドにペットボトルやベビーマグを入れる為のポケットを付けてみます。本体部分のタテヨコはA4の書類が入るサイズ、厚みはミラーレス一眼カメラをヨコにして入れられるサイズとしました、

 

 ちょっと横長に見えますね。でも論理的に考えるとこれがベストのはずなので、プロトタイプ制作を続けます。

 

 


ベビーマグ収納問題

 ここまでは理屈で考えてスラスラと来ましたが、問題はここからです。ベビーマグ問題。

 

 育児をしてみるとわかるのですが、乳幼児には粉ミルクや麦茶などの水分を頻繁に取らせなければいけません。その為に重宝するのが、両サイドに取っ手が突き出たベビーマグです。ところがこのベビーマグ、その取っ手が両刃の剣でして、一般的なショルダーバッグのサイドポケットには入りません。そりゃそうですよ、あれは500mlペットボトルを前提とした設計ですから。2万円で売られているダッドギアのボトルポケットのギミックも同じ。

 

 かといって、ベビーマグをバッグの中に入れてしまうと、漏れます。どんなに「漏れない」を謳っているベビーマグでも、これはもう100%、漏れます。その漏れた水分がデジタルカメラやスマートフォンなどの電子デバイスに入ってしまえば、被害は甚大です。一発で数万円が吹っ飛びます。だから、ベビーマグを本体内部に入れるのは絶対NG.

 

 ではどうするのか? 何枚も何枚もアイデアスケッチを描いてはフェイスブックで友人達に見せて意見を貰いました。このスケッチもその中の1枚。「取っ手が何かに引っかかるからダメ」とあっさり潰されました。

 


最初の試作品

試作品をチェックする息子

 そんなこんなで、最初の試作品が出来たのは6月上旬でした。蹴飛ばしたはずの中小企業庁の補助金が何故か採択されていて書類も届きましたが、「あなたたちのような居丈高で横暴な人間と一緒に仕事をすると必ずロクでもないことが起きるので、補助金は要りません」と伝えてさっくり却下。試作品を使ったフィールド試験に入ります。

 

 いざ使ってみると、夢の中でまで考えて考え抜いて設計した、ナナメに切り欠いたサイドポケットがまずは便利過ぎて驚きです。

 

 次に気づいたのは、やはり上がジッパー開閉のみだと操作に時間がかかりすぎるということ。幼児はこちらの都合なんか気にしてくれませんので、カバンの口はワンアクションで開閉したい。そうでなければ開けっ放しになっちゃいます。そこで考えたのがこれ。マグネットホック。

 

 この実験は大成功で、操作性が一気に向上しました。

 

 


2回目の試作品が大化け

サイドポケット

 夏の間、旅行にキャンプに買い物にと最初の試作品を使い倒し、出て来た問題点の解決策や新しいアイデアを全て盛り込んだ試作2号機を発注したのが9月。我が家に届いたのは10月も終わりに近づいた頃でした。

 

 しかし、じっくりと時間をかけただけのことはありました。この試作2号機は、最初の試作品から長足の進歩を遂げており、もはや現段階で世界の最高峰は疑い無いというレベルに達していました。

 

 ここからは、私以外の人に使って頂いてフィードバックをもらう段階です。高校の同期の友人達がちょうど育児の真っ最中なので、まずは彼らに頼んで試用してもらいました。開業医、勤務医、公認会計士など、みんな偉くなってるなあと感心しきり。その他、息子がお世話になった幼稚園の副園長先生、近所のママ友。ベイエリアのエリートビジネスマン。結果は概ね好評で、多少、色の好みがある程度です。特に大好評だったのが、3姉妹を育てている近所のママ友でした。本体内蔵式のベビーカーフックやタテに入れた不等間隔の中仕切りがとにかく便利だと。

 

 

 2ヶ月強に及ぶコンシューマ評価試験の結果に自信を持った私は、いよいよ3度目の試作、すなわち量産品の原器となるバージョンの制作へと進みました。